電子書籍をブログに設置したいなー。
応援してます。
あっこです。
あの日のアイツに会いに行く。
ナゼなんだ。。。
「どこにでもある情報でツマラナイ」
一生懸命、網羅的に情報収集をして、自分なりにまとめた力作。
そのつもりだったのに、、、
独自性がなく、無機質でつまらない。
コピペじゃないのに「コピペ」疑惑される記事になってしまう。。
何か参考になることがあったら嬉しいです。
もしかしたら非常識かもしれない、
ちょっとしたアイディアです。笑
良すぎる情報に出会ってしまってかぶれる
これは私の過去の経験にはなりますが、情報収集していると、自分にはとても刺さる、素晴らしい情報に出会うことってありますよね。
それは、本当に幸福なことではあります。
しかしその反面、こんなリスクもあります。
まず
影響され過ぎる
浸食される
からの
かぶれる
からの
自分を見失う
・・・影響され過ぎて、そのコンテンツの中には、大切な自分というものの存在が見えなくなってしまう危険もありますね。
もしかして、
「つまらない」の原因が
「自分らしさのカケラもない」コンテンツである場合には、こんな工夫がオススメです。
あの頃の自分の気持ちを思い出す!
自分を見失ってしまいそう、、
そうなったら、自分に聞く。
これが一番!
そう考えます。
そのコンテンツを作ろうと思った、あの頃の自分に会いに行く。
そして、当時の自分の想いをコンテンツの中にちゃんと入れてあげる。
っていう、シンプルな工夫です。
あの頃の自分に会える場所
それまで知らなかった情報に出会い、ワクワク、ギラギラして、
陽だまりの中、がむしゃらに走る僕。
そんな自分には、ここに行けば会えるかもしれません。
頭の中!
ここなら、再会までゼロ秒ですね。
でも、少し注意すべき点があります。
それは・・・
自分は、過去の自分を美化しちゃう!!
という作用が働きがちな生き物です。
意図しなくても、過去の知識が薄く、勘違いしていた自分を、
チョッピリ良い感じに変えてしまう。
だから、頭の中だけだと、もしかしたら不十分かもしれませんね。
「元からかしこい人のコンテンツ」
よりも
「最初は何も知らなかった・勘違いしていた人のコンテンツ」
の方が、共感も呼びそうですよね。
ドラえもんに協力してもらいながら、臆病で不器用でも成長する主人公は
デキスギくんよりも
のび太の方が、良いですよね^^
アウトプットノート!
過去の美化されていない真実の自分に会うのには、
アウトプットノートも、とても良いと考えます。
カタチは何でも良いです。
自分の学びのアウトプットです。
そこには、おどろきの恥ずかしい自分がいるかもしれませんが、
自分の今の成長も実感できて、とても嬉しくもありますね。
ついでにそこから新たなヒントやヒラメキを得ることもあります。
ハッキリ言って、恥ずかしいけど見に行くと良いことしかない!
です。
コンテンツ!
「え。アウトプットなんかしてないし。」
という場合には、自分の過去のコンテンツを見に行くことをオススメします。
アウトプットの歴史がない、
ということは、世間やお客様に提供しているコンテンツが、アウトプットも兼ねているのだと考えます。
私は、このような器用なことはできませんが、
これができる人は天才タイプの人だと考えています。
とても効率的ですね。
うらやましい!!笑
でも、過去の自分、カンチガイが過ぎますし・・・
あの手この手で、過去の自分に再会したとします。
そこで出会った自分が、すごく間違えていたり、カンチガイしている場合にはどうしよう・・・。
私のひとつのアイディアです。
- 「私はコレを○○だと思っていました」
- 「でも間違えていました」
- 「本当はこうでした。こんな遠回りをしたから、あなたは遠回りしないでくださいネ」
ザ・そのままつかう。
です。
こんな感じで書くと、過去の自分を尊重できますね。
消し去ることも、封印も、しなくて良いと考えています。
そもそも、カンチガイな自分が好き!
私は、かなりの早とちりで、せっかちで、カンチガイのクセがあります。
そんな自分が大好きです。
昔の記事や書籍を読んで、
「カンチガイしててカワイイなー。私。」
と、喜んだりしています。笑
「あのままにしてて恥ずかしくないの? 流石に直した方が良いよ。アレ。」
と、
結構前から、友達から指摘されているコンテンツもあります。
しかしながら、
完璧な情報を求める人は、ウィキペディアや、論文検索をすると思います。
ブログや電子書籍から得たいものは、
きっと、それではないですよね。
よくわからない中年に求められているものは、
決して「カンペキ」ではない。
(中年の人じゃなくても。)
スナオが一番。
スナオな自分に価値を感じる人もいる。
そんな発信スタイルもある!
そう思うワケなんです^^
読んでいただき、ありがとうございました。
ではまた。
あっこでした。